宮崎たより

菊池君の歯科診療所開院


九州でのできごと。

全般的に雨ばかりで、雨に降り込められた 屋久島の幸田ゆき子(唐突!)の気分。
宮崎に23日朝8時半過ぎに自宅に着いたが、 その夜23:30ころ菊池に(田野の店)「鏡」に呼び 出され、彼の開院を祝して痛飲。
24日PM 40年ぶりに声を聞きたく「緒方 嘉子」氏 に電話、1時間以上も話し込む。ああ、あの当時 (西池小学校6年時)の紛れも無い彼女の声に感無量。

25日松本の見舞に行くが、何と外泊中。

夜、菊池と男2人で拙宅で飲っていたが、女性を 加えるべく、八田さんに声をかけると、すぐjoin。


arima その直後、順ちゃんからの電話で有馬は横浜に 出張中で今夜帰るとのこと。何と、その 1時間後 に大皿2枚の手作り料理を抱え、大雨中にも かかわらず、有馬夫妻が来宅し、宴会が夜遅く まで続いただった。

27日は14人の仲間の1人、coco(小林 Q清)ちゃん 夫妻に大淀橋直近の店で昼食をご馳走になる。
なんでも、現在3つの設計が同時進行中で、大変な 忙しさ、まさに分刻みの生活で、そんな中に時間を 割いてお二人で歓待していただき感謝の念に耐えない。
夜は高城と例の「鏡」で2月以来の旧交を暖める。
この日は30数年ぶりにUコン高木と飲む約束で あったが、事情により来れないと、古里が来店。
彼とも30数年ぶりの再会であった。書き遅れたが、 杉尾が亡くなった情報を得ていたので、彼の当時 状況を聞いた。心臓病なのにまるで不摂生だった由。

28日は母を叔母さんの見舞に連れて行き、帰途 有馬宅へ忘れ物をとどける。
29日朝とんでもない連絡が東京から入電(後述)。 ショックでぐったり。
気を取り直して、松本の見舞に出かける。
彼は本当にいたって元気、病魔にアグレッシブ な姿勢が部屋に貼られたセクションペーパーの 記録から読み取れる。詳細はいずれまた。
古里が失職してる話しに、彼は病床の身にも かかわらずすぐさま携帯で市の幹部に職の依頼をする。
脱帽。

toshi 宮崎では小川といえば「詐*師」と言う人が多い中 彼は、小川のつらい心情を理解している数少ない1人。
松本が我らの中では一番健全な精神を持ってる
のじゃないかと思った次第。彼は、自分で真に考えて 判断し、少なくとも「自分の言葉」で語っている。

情けないなと思ってたことが彼と話しているとふっとん だようだ。
30日、昨日菊池とラーメン食ってて気になったことを思い 出し東京へ確認の電話、更にショックが深まる 。

31日重い足取りで帰京する。

あ〜ゴリケンにノートPC貸しときゃ良かった。
買ったばかりのVaio pcgC1Rはじめごっそり、親父の 形見もすべてやられた。皆さん、寅彦の言葉だったか 「***は忘れたころに」を忘れないように。

杉尾 和男君のご冥福を祈ります。

河野 慎一郎

菊池



菊池君の歯科診療所開院

菊池が「花が島歯科医院」を8/2に 開院する(今日は3日なので 「した」か)。

開院祝いに生花でもと思っていたが、 戻ってきてからも例の件ですっかり忘れて しまっていた。

そこで、同胞の開院のお知らせをWebに 1行でも掲載できんかなあ。



診療所

電話 0985-24-1768

場所 JR宮崎神宮駅よりR10(国道10号線)
   沿いに延岡方向1kmの右側、(花が島郵便局の20m先)

開業時間 12:30〜20:00

駐車場 マークUクラス5〜6台可

※ かれの住居は医院のあるマンションの4F で1人住まい、しかも3LDKなので宮崎に実家 のない同胞も宮崎に気軽に行けるよ。
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