会津特派員報告―会津同窓会の報告― 小田 幸男
磐梯山山頂にて!(山登り班,by Kuroken)
今朝も窓辺に朝靄に煙った磐梯山が見えます。
あの日を境に磐梯山が妙に懐かしく感じられます。
ここ会津―裏磐梯で5月28−30日の3日間、14名の参加(内2名特別
参加、男6名女8名)を得て宮崎大学付属中学18期卒業生の同窓会を催し
ました。
終わってみると、つかぬ間の夢のような3日間でした。
幹事にとっても、本当にやりがいのある同窓会でした。甲斐甲斐しくサポー
トしていただいた倫子さん、要所要所を締めてくれた黒田くんに感謝いたし
ます。
3人の幹事は一言で言えばそれぞれが得意分野に特化してバランスが良かっ
たのです。
旅程が長いのは大変でしたが企画は東京の幹事の方がもっと大変かも知れま
せん。
なぜならそこに懐の深い自然があってポイントを決めた後は、ただ自然の流
れに身を委ねれば良かったからです。ハイライトは至る所で自然を前に立ち
竦み、そして素朴な感情でその中に溶け込むことが出来たことでしょう。
気の置けない仲間と共有したこの体験は一生の思い出として胸の中に刻まれ
たかも知れません。この間、この地では極めて珍しいよい条件に恵まれまし
た。澄み渡った大空の下、磐梯山の巨大なカルデラ、山頂からの
360度の大パノラマ、目に目映いばかりの新緑、神秘的な五色沼、夕日で
赤く燃え上がった磐梯山などなど、いかがでしたか?
また、今回は失われた何かを取り戻そうと模索している我ら団塊の世代、十
分に若さが残っている50代の秘められたパワーを垣間見た3日間でもあり
ました。
特筆すべきは久世さんのパワーに代表される女性陣の底力。
サラリーマン、自営業、専業主婦、職業婦人それぞれの方が日常を超えて参
加するまでにはいくつかの障壁があったはずです。しかし、このパワーがあ
るから、福島県のこんな奥深い所まで十数名も集まったのだろうと思いま
す。なによりも天候に恵まれ混雑せず一人も故障者や体調不良者がでなかっ
たことは幸いでした。何年か先にオーあの時はこうだったなー。こんなこと
もあったのかいと思い出せるように記録として報告します。
また諸般の事情や急用で参加できなかった友人達にも少しでも体験を味わっ
ていただければと思います。
(登山ルートの方は記録が少ないのをお許し下さい。)
最後に、会津は山菜の春、紅葉の秋と言います。秋の紅葉は格別の趣がある
ようです。ぜひ次は秋に来て下さい。
コースは二つ。参加者は次の方々でした。
28日 前泊と軽い前夜祭 会津若松市内神指町のサンピア会津に宿泊
登山組:カネヤン、ゴリケン、猪俣カッツン、河野慎ちゃん
久世文子さん(旧姓)
五色沼ウオーキング:清紘子さん(旧姓)
幹事:黒田研一(登山)、小岩屋倫子さん(旧姓、五色沼)
小田(五色沼)
29日 10:13猪苗代駅での合流者
猪ノ坂澄子さん、田村美佐子さん、森山真理子さん、日高恵子さん
鮫島泰子さん(以上旧姓)
案内役の会津の住人:鈴木千代一さん:以上は全員五色沼コースに参加。
夕方、ラビスパ裏磐梯(温泉)に集結し裏磐梯山荘に移動、宿泊。
30日 会津若松に移動 昼食後解散。
(3日間の記録)
友、遠方より来る。
28日 雨後の曇天。明日の天気が気になる。
17:00サンピア会津で登山組5名を迎える。
(カネヤン、ゴリケン、カッツン、慎ちゃん、久世さん)
新横浜駅に12:00に集合。
(慎ちゃんが10分遅刻以外、道中は順調だったよう。)
一路、会津へ17:00前に到着。
初めて会津で見る友の顔 思わず破顔一笑。
本当に遠いところを良く来たな〜感激する。チェックイン
サンピアは新築の大型複合リゾート施設。会津の温泉でも規模と
設備は一二?
17:30 宮崎から遙々、駆けつけた清さんと倫子さんが来着
福島駅で待ち合わせ清さんに倫子さんの服の色を伝えて待ち合わせ。
卒業以来…年ぶりの再会。
18:00過ぎ 夕食は蕎麦屋の「徳一」
大学にいる黒田君を呼び出し合流。
ご当地名物の天ぷら揚げ饅頭入りの会津天蕎麦を注文
(郡君だけ低カロリーのざるそば)
近くの酒屋で会津の地酒「栄川」「弥右衛門」「名倉山」「花春」
を買い込む。
20:30帰館
前夜祭、会津特産の棒ダラとニシンの山椒漬けで地酒をなめる。
しかし早めに切り上げ明日に備える。
露天風呂に入る。女性の呼びかけに男共は沈黙したとのこと。
この沈黙は何?
女子の部屋は久世さんも2時まで話し込む。久世さん大丈夫?
(そして翌朝…・・)
29日5時過ぎ
カッツン、久世さんを無理矢理、起こす。
6:15 会津大学で黒田君と待ち合わせ 磐梯山登山口に向かう。
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7:30
小田自宅を出発。薄曇りだが、まずまずの天候にほっとする。
朝飯は面倒なのでセブンイレブンのサンドイッチで済ます。
8:15 サンピア着 案内を頼んでいる会社の鈴木さんがロビー
で待っている。
清さん、小岩屋さんを紹介、小岩屋車、鈴木車2台で出発する。
猪苗代駅の待ち合わせは10時過ぎなのでそれまで鈴木さんが選んでくれた
コースを寄り道。
(若松市内から背炙山ルートで猪苗代へ)
霊気漂う空間
「善龍寺」に行く。誰もいない。戊申の会津藩家老 西郷頼母の自決した一
家21人の
菩提寺である。異様な光景。深い草木の中に傾いて誰も手入れをしていない
巨大な墓石群。霊気が漂い背筋がひんやりとする空間。
「会津では先の戦争と言えば第二次大戦ではなく戊辰戦争です」鈴木さんの
解説に耳を傾ける。しかし会津でも戊申は遠いのか。
倫子さんに 妻 西郷千重子(34歳)の辞世の句をメイルしてくれと言わ
れる。
こうです
「なよ竹の風にまかする 身ながらも たわまぬ節のありとこそきけ」
ここは観光コースには、ないとっておきの会津かも。 次第に晴れていく。
暑くなく山登りに絶好の天気。
背炙山824mから
東山温泉の東鳳の前を抜ける。途中、会津盆地を見渡す。車は少ない 山頂
で記念写真
道辺のピンク色の花の名は?(メイゲツソウ?)下り道で猪苗代湖が見え
る。
10:13猪苗代着電車。やや遅れ25分に迎える。途中、携帯で電話する
いたいた 5人揃っていました。久しぶりの再会に感激。
(猪苗代から強清水へ)
猪苗代湖畔(長浜)で下車。湖畔の風が心地よい。
天の鏡
10:40天鏡台
登山しなかった人のために頂上と同じ景色(猪苗代湖)が見える場所と鈴木
さんが選んだ所です。なるほど天の鏡。
水田の無数の小さな鏡と猪苗代の巨大な鏡のコントラストが絶妙。
11:15頃、突然、清さんの携帯に山頂から電話がある(カネヤン、ゴリ
ケンから)
どんなにか素晴らしい光景だろう。一堂、ジェラシー。
猪ノ坂さん、鮫島さん、かなり悔しそう。実は俺もクヤシカッター
鈴木さんは良くやってくれた。 名演に拍手。
「会津の観光地は大勢の人の犠牲でできたものばかりです。」磐梯山大噴火
と戊申の悲劇。その言葉にしばし沈黙。地元の人の言葉には実感がある。
彼は会津に春を告げる彼岸獅子(獅子舞)の現役プレイヤーで生粋の会津人
です。
天ぷら饅頭を一個半食べた彼女
11:40
強清水の老舗 蕎麦屋「清水屋」に向かう。座敷でゆったりくつろぐ。
ざる蕎麦。恵子さんだけうどん。小生、半分以上、頂く。車酔いは大丈夫で
したか?
味噌田楽と天ぷら饅頭を少々注文。「いいかしら」と言って饅頭を1個半
食べた彼女。
残りの半分はどうなったか覚えていない。
その昔、親孝行の息子の親父が貧しいため酒の代わりに飲んだと言い伝えの
ある清水を味わう。このころは快晴。
猪苗代にとって返し世界ガラス館を見物。 NO CAMERA の館内で記念写真。
地ビール館で喉を潤したのは車を運転しないで済んだ幹事の役得か。
野口記念館で ―母の手紙―
ガラス館から歩いて移動。
柱に小刀で刻んだ英世の自筆「志を得ざれば再びこの地を踏まず」
昔の少年は偉い。
息子に宛てた母の手紙、たどたどしい平仮名で切々たる心情に感動。
「母の手紙の最高傑作だ」と地元の見学者が興奮気味に語り思わぬ所で
地元と交流を深くする。
(猪苗代経由、いよいよ五色沼に向かう。)
緑色にはいろんな色がある
車窓からは新緑の連続。
「緑色にはいろんな色がある」誰かがつぶやいていた言葉が印象的。
濃い緑、透き通るような淡い緑、やや黄味がかった緑、照り葉
14:30
五色沼に到着。
鈴木さんと倫子さんは車を回すため待機。
鈴木さんの後日談
二人で毘沙門沼の柵に顎を乗せてしばし、ぼんやり眺めていたとのこと。
「あの二人一体、どんな関係なんだろう」と思われたんではなかろうか
思い出すと面映ゆかったとのこと。お疲れでした。
箸がこぼれても可笑しい乙女のような華やぎ
女性6人と男一人で五色沼をウオーキング。
女子学生の修学旅行みたいかな。
野草にワーと集まり森山さん鮫島さんを真ん中に品評が始まる。毘沙門沼の
コバルトグリーン色の原因は珪酸アルミニウム、これがなかなか気に入られ
たのか何回も繰り返す。
メモを取っていた人もいたね。
かっての乙女達きっと昔に還っているのだろうな。ほほえましい光景が延々
と続く。
しかし登山組の待ち合わせ時刻がだんだん迫ってくるのに半分も行っていな
い。檜原湖側の様子が分からない。(まーしょうがないか。)鈴木さんに借
りたバードウオッチ用の双眼鏡で辺りを見回す。しかし鳥は見えない。そろ
そろ行こうかとした途端「そうそうお弁当を食べましょう」誰からともなく
言いだし自然にまとまる。腰を下ろして食べ始める。
おばさんはみんなそうだが食べる時とお喋りの時と自分の服の買い物時は
おじさんみたいに決して焦らない。少々焦り出す。なかなか「井戸端会議」
が終わりそうにないのである。
「もうそろそろ行こうよ。待っているかも知れないよ。」と他人のせいにし
て促す。
美佐子さんとは道中、話が弾みましたね。「心優しく老いる」のは現実には
ないのかも知れないね。
予定時刻を大幅に超える。出口側から鈴木氏が迎えにくる。
下山組はかなり早く着いて温泉に直行したとのこと。
サー我々も温泉だ。一旦荷物を磐梯山荘に置きにいく。ラビスパに向かう。
色は五色(エメラルドグリーン、コバルトブルー、緑、青、赤)
竜胆がありました、スミレ・ツツジもありました、綿のような花
(ミネヤナギ) もありました。青々としたシダの群生、
アケビの新芽を摘んでいた現在の乙女とのすれちがい。
千代一さん有り難う
ラビスパ裏磐梯16:50着。 鈴木さんと別れる。
「千代一さん有り難う」土産をそっと手渡した女性達の気配りに感謝しま
す。
湯上がりの面々と対面。僕が最初に見たのは久世さんの表情。
湯上がりに、ほのかな色気が漂っている。元気そうなので、みんな安心す
る。完走ヤッタゼ。さすがに久世さん。
プールを十往復。ストレスを解消できたと言ったら紘子さんから
「小田さんはきっとストレス解消のために泳いでいるよ」と噂していたと聞
く。簡単に腹の中を読まれてしまう。単純なのだ。
やさしいゴリケンが迎えに来る。
赤く燃えた磐梯山…・裏磐梯の一夜
磐梯山荘 夕食開始。食事 ウドの天ぷら、馬肉(桜肉)など
窓には磐梯山と檜原湖が拡がっている。
しばらくした6時半頃か突然、磐梯山が赤く輝き始める。
あれなんだなんだ・・夕日が赤くライトアップ。エーこんなことがあるの。
山の稜線に夕日が遮られ爆裂口に長い長い陰影が出来る、陽と影が移動し交
差する。
うっすらと天上に向かい一筋の虹の道が立つ。
わずか5分間のショー。ドラマティックだ…。
しばし、うっとりと見とれる。
正に自然の様々な条件が重なって造形された光景。衝撃的な感動。
何年か先にもう一度は見てみたい。写真はどうだったかな?
(自然に二次会になる。)
百年の孤独
清さんのご主人小林さんからの差し入れ。オンザロックで飲む焼酎。
ブランデーの香りをみんなで嗅ぐ。 それに冷酒とビール
カネヤンから登山の報告
登山ルートは裏磐梯スキー場ルート 下りは八方台。
弘法清水の湧水で沸かしたコーヒー、頂上のワイン、一服のたばこ、焼餅の
味は格別だったろう。五色沼のおばさんパワーも報告する。
甘い時の流れ。全館借り切りは気兼ねが無くて良かったです。
管理人の堺さんもいやな顔一つせず、にこやかに応対して下さった。
3次会(喫煙部屋にて)冷酒 ビール 女性もかなりピッチよく飲む。
しかし百年の孤独と冷酒の心地よさに小田は死ぬ。
それでも前日、交通事故にあった婆ちゃんが気になって家に電話する。
落ち着いたとの事。
翌日、女房から「あなた相当酔っていたわよ。みんなの前でだらしない
ね。」「すいません…・」
2時くらいまでいろんな話題がでる。(出たようである。くしゃみをした人
も多いんでは)
話題は40年前から今まで。
(車の中でも…年のあの時のこの話は実はこうだったとかエーそうだったの
とか何年も経ってから解けた当時の謎があったかも知れんね。)
(そして翌日)
朝の散策
今日は一層の快晴 眩しい光がきらきら 磐梯山がくっきり檜原湖が青々。
頭が痛むが風が心地よい。空気に美味しい味がある。
見る方角によって表情が変わるのは磐梯山の特徴
表は会津富士のような優しい女性
裏は荒々しい爆裂孔 すっぽり吹っ飛んだ跡がある。何しろ12億m3が吹っ
飛んだ跡だから半端じゃない。横顔は優美な稜線の重なり。とても同じ山と
は思えない。
窓から遠くを見ると早朝の散策(猪ノ坂、日高、鮫島さん クロケンだった
かな?)
カッツン20分ほど歩いて水芭蕉の群生地に行ってみるが季節を過ぎてい
た。残念。
誰か朝焼けを見たかい?
(朝食後、出発)
磐椅神社(いわはし神社)の寄生桜
磐梯山は昔、磐椅山(いわはしやま)といった。 樹齢750年の大杉
杉に寄生した(接ぎ木だろうともっぱらの評価)桜(子孫繁盛)
何を象徴しているのか男共が想像したイメージは同じだった。
土津神社に佇む とある男女の姿
保科正之公(会津松平家の藩祖)の神社 亀の上の頌公碑。巨石に刻まれた
1913字
頭を垂れ、祈り続けている ある青年と婦女。彼らはどこのだれ何を祈って
いるのか?
(塩川―猪苗代線を一路若松へ)
アイスクリームとスプーン
途中のアイスクリーム屋さんで一服。
牛乳(?)、ゴマアイスがお奨め品。そういえばスプーンだけの人が二人い
たな。
(若松に入る)
鶴ガ城の北出丸から、そぞろ歩き。石垣、新緑。
茶室の麟閣 恵子さん、鮫島さん、高島さんだっけ入ったのは
わっぱ飯と一本締め
料理屋「田季野」に入る。ゼンマイのわっぱ飯 ビール
カッツンが店の名前の由来を女給さんに聞く。
わっぱは元々、田植えの弁当それと季節と野の恵み。
田季野での仕上げは好評でしたか?だんだん別れの時間が迫ってくる。
最後に田季野前にて手締め一本。誰かが「一本は中締めだ」と言った。
(会津で又、会える日があるといいな。)
分かれ難く余韻を残したまま、それぞれ帰路に就く。
こんな会津でした
忙しいみんなだからこそ、この瞬間が楽しい。
努力しているみんなだからこそ、この瞬間が美しい。
最後に一句
五色沼、乙女の舞に水を染め
(元 乙女達の華やぎに五色沼も頬を染めて)
山頂の声が山を駆け下りる
(磐梯山頂からの突然の電話に驚いて)
(6月3日夜 会津同窓会報告:会津特派員 小田)
会津磐梯山登山記録 クロケン