ついに憧れの槍の穂先登頂!

2002/07/22〜24  山岳部 カネヤン

おはよう
 
毎日続く熱帯夜も、こうも続くと慣れっこになってきました。
そして、このヒートアイランド現象、地球温暖化が原因の深刻な問題だと言うことを忘れそう。
 
報告です。
猪ノ坂澄子さん、鮫島泰子さん、古賀康夫君、そして小生の4人、つ・い・に・”槍の穂先”を
極めました。
あの槍ヶ岳、天を突くするどい三角錘の山、誰もが知っている?どこからでも見える?山です。
まさに”槍”の先っぽに、です。
 
先週の22日〜24日のことでした。
大袈裟!? そう確かに、、そう。 チョモランマでも極めたなら、ともかくネ。
そこがそれ、レポーターが針小棒大的大袈裟人間だからね。
でも、中高年の本人達にはこんな気分です。
5年前、50歳記念で敢行した富士登山のメンバー(今回、わが妻文子さんは欠席)にとっては
思いはひとしおです。
 
まずは、以下の写真を!
槍の穂先です。
雲が出てきたのは残念でしたが、眺望は360度です。
 
確かに、20人ほどが登ればいっぱいになる広さしかありせん。
こんな岩がゴロゴロし、それを無意識につかむ、そうしなければ転げ落ちそうな気分になる!
 (実際は心配は全くないのだが)笑顔にもどこか顔のひきつりがある?
 




 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


あと1時間、これが地獄でした。
槍が目の前、だんだん大きくなっていくのははっきりわかるが、それでも足取りは重い。
鉛の足、でした。吐く息に力がなく、吸い込むにも酸素が不足している(そんなアホな!)
そう言いたい気分。わかってくれるかな?
 
最後尾は澄子さん、わかる?その疲れ具合が。
前を行くヤスと泰子さんはルンルン気分。足取りは軽い!
写真左上の「槍ヶ岳山荘」の山小屋へ、最後の試練でした。
 
 
 東鎌尾根のルートはこんな階段や鎖
 がつづく。
 慎重さが求められる。
 登りの恐怖感は少ないが、下るとき
 にはそりゃ、コワイ!!
 でも、何回か続くと慣れてくる。
 それがもっとも危険な時、とさらに慎重さ
 に”ド”をつける。
 
 それにしてもルートを開いた先人達に
 驚く。また、日頃、そのルートを管理して
 くれている人々に感謝、ですね。
 
 
 
 
 
 
 
 
 





 
  槍先からの下山。
  豆粒のふたりだが、下りが極端に
 弱い泰子さんをフォローしながらの
 ヤスは頼もしい。
 
 ベースの山小屋に荷物を置いて身
 ひとつで登る最後の30分。
 ここはとにかく手足に全神経を集中
 しなきゃイカン。
 頭は?そうね、すこしだけ使うだけ
 かな。
 
 登りと下りそれぞれのルートが作ら
 れているが、所々、待たなきゃいかん
 ところもある。垂直に立てかけられた
 鉄梯子、太い鎖はあるが、目先を下、
 ずっ〜と下を見ると足がすくむ。
 
 こんなスリルがたまらん、のでしょう。
 (山の魅力のひとつかもしれない)
 でも、2度と来れない山、でした。
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


このご来迎に感動する。 am4:38、雲から巨大な朝日が。
これは、あっという間に顔を出しました。
なにか想いを、と意識するが、ただ、呆然と立ち続けるだけだった。
左の山が槍の穂先。数人の人影がわかるかな?
 
 男ひとり、女ふたり、
 こんな感じで朝日を
 眺めていた。
 
 なにを想う・・・
 
 いつか聞いてみよう!
 
 前日のあの死の行軍
 (また、大袈裟なっ!)
 をすっかり忘れさせる
 ご褒美でした。
 
 でも、自分たちがこんな
 感動をした時、その表情
 がこうなることは気づかな
 かったでしょう。
 
 

 
長く、重いメール、ごめん!
ADSLの受信では気にならない重さでも、ISDNいやアナログ受信では大変でしたでしょう。
 
われわれ4人にとって、ほんとうに貴重な経験でした。
55歳記念です。
上高地から入り、途中「槍沢ロッヂ」に泊まり、水俣乗越から東鎌尾根にとりつき、
そして槍へ。このルート比較的楽とはいえ、芯から疲れました。
故に、大いなる記念になりました。
”極めた”との表現はまんざら”大袈裟!”ではないのです。
下山では泰子さんが四苦八苦、でしたからね。(澄子さんは元気、でした!)
ヤス?この人はいつも、そう、元気の固まり。
かねやん?これは普通、かな?
 
50歳の富士山、そして55歳の槍ヶ岳、となると次の60歳は何処に・・・
友人達といつまでも元気でいたいね。
 
暑中お見舞いでした。
 
かねやん
 


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