松田先生が「備呆録」を出版

05/12/20 山田澄子さんより


同窓生の皆さんへ

寒い冬が暴れていますが、年の瀬をお忙しくお暮らしの事と思います。

さて、メールを致しましたのは附中のもと3年A組担任だった英語の松田先生が
本を出版されたというお知らせです。

本の名前は「備呆録」・・昭和20年代のブッキッシュ・ライフ 鉱脈社刊 (宮崎
市) 2100円
一寸意味ありげな本の題です。

松田先生といえば、皆様のなかには相当お世話になった方々も
いらっしゃると思います。

入学した頃にはなにやらトニー谷などとあだ名され黒ぶちの眼鏡で
さっそうとしていらした松田先生。
結構短気でいらした先生ですが、先生のお陰で英語が楽しく勉強できたという方も
いらっしゃるでしょう。

戦後、昭和20年代、先生がまだ高校卒業された頃のこと
志に燃えて東京の大学に通う事を夢見て上京された頃の
食うや食わずの生活のことも書かれています。

先生は昔も今も大変な読書家であられ、当時は探究心旺盛な青年だったことが
この本を読んでいるとよく分かります。

読書好きな方には先生の読書遍歴をたどる事ができる
楽しくも知的な一冊となること請け合いです。

お正月にゆっくり読書もいいですね。

では皆様良いお年をお迎えください。

山田澄子(もと3A)


鉱脈社のHPは

http://www.koumyakusya.co.jp/index.php

ですが、まだ新刊の紹介記事は載っていませんでした。
直接、出版社にコンタクトし、本を入手する事は可能と思います。

このHPを見ていたら、色んな本があって面白いですよ。
例えば「津村重光の本」なんていうのもあります。

ゴリケン



澄子さん

久しぶりです。松田先生には昨年の同窓会でお目にかかったっきり
ですが、早速手にして読んでみたいと思います。連絡ありがとう。

古賀



おはよう

澄子さん、いいニュース、ありがとう。

正月に読む本を考えていたところでした。
松田先生の「備呆録」とやら、なんとなく面白そう。
”ブッキッシュ・ライフ”とは英語の先生らしいサブタイトル、どんな青年時代だったのか、どんな本だったのか、興味あります。

ですが、どう取り寄せればいいのか、古賀君に頼むかな?
ネットで注文しようとしたのだが、見つかりませんでした。

「鉱脈社」に直接電話してみるかな?

ちょっと変わった正月休みになれるかも。

それにしても、あと10日、2005年も終わりだね〜

かねやん


松田先生!!

懐かしいですね。私は転校生だったので2,3年のA組を継続して
担任された唯一の先生です。高校時代に長崎から宮崎を訪れて
以来お会いしてないな。

「備呆録」、鉱脈社 で検索をかけたけど、全国規模のネットには
流れないようで見つかりませんでした。

鉱脈社のwebには見つからなかったので問い合わせ中。

ところで話は変わるのですが・・・・。
先日「高千穂鉄道」(旧日之影線)が先の台風の被害から
立ち直れず全線廃止の方向だというドキュメンタリを見ました。
父が国鉄だったため昔の日之影線の全線開通への困難な道のりを
聞いていただけに感慨があります。もともと熊本の高森線とつないで
九州横断の計画だったようですが、時代の流れで自動車時代となり
高森線との鉄道接続も中止となり、ついにというところでしょうか。

福島県でも只見線が若松から只見川沿いに豪雪の奥只見を経て
小出までつながっていますが、乗客が数人という運行状況も
日常的で苦しい台所のようですが、こちらはまだJR所有なので
まだいいほうかな。浅草東武線へつながっている会津鉄道の方は
第三セクター方式で高千穂鉄道のような災害があったら立ち直れな
いかも。

渓谷沿いの鉄路の風景を懐かしがっていてもだめかも知れませんが
さびしいかぎり。

話が脱線しました。

黒田



カネヤン & クロケン

田中書店で「備呆録」購入、ちょっとだけ目を通してみた。
松田先生も青春時代はたいそうな読書家だったんだね。

「備呆録」とは「備忘録」をもじったもので、文字通り痴呆になった
ときのために書き備えておく意味のようだが、先生はボケつつ
ある自分を自覚し脳の活性化のためにこの本を書かれたようです。

本は鉱脈社(TEL0985−25−1758)、田中書店(TEL0985−
24−3511)に電話して着払いで送ってくれるそうです。

話は変わるが、高千穂鉄道の廃線は本当に残念!!
第3セクター方式での存続は本日の取締役会で断念されました。
開業以来の赤字経営に台風14号が追い撃ちをかけた格好に
なりました。地域住民の足として、観光資源のひとつとして地方
の活性化のためには残さなければならないインフラであることは
誰も疑わないわけですが、地方の現実は実に厳しいのもです。
地域住民は存続のために、動いていない列車の清掃をしたり、
都会で活躍してる若者を呼び戻して音楽会をひらいたり、各種
イベントを催して頑張っていましたが、、、、。
地域住民は部分開通の可能性を検討していくようです。

先日、素晴らしい霧島山系の車窓が楽しめる肥薩線(人吉〜
吉松)の観光列車しんぺい号に乗ってみたが、観光客も多く
結構にぎわっていました。高千穂もトロッコ列車をもっと宣伝
してこのような生き残り作戦もあると思います。知事も本件に
関しては元気な発言がないし、動向を注視していきたく。

古賀


ホームに戻る 次へ